HACCP基礎解説
本解説は、2001年2月に開催された「第3回Train-the-Trainer/HACCP Course」の講習内容をもとに、HACCPの基礎知識に関する部分をまとめ月刊HACCPに連載したものから一部を抜粋したものです。
2005年11月頃発行予定のISO22000についても、「ISO9001+HACCP)」ではなく、「HACCPを基本とした食品安全システムのISO化」と認識するのが的確だといわれている。つまり、この新たなISO規格においてもHACCPと、その基礎としての一般衛生管理、前提条件プログラムの確立が不可欠であり、改めてこの解説でHACCPに関するご理解を深めていただきたいと思います。
<PPについて>
○PPの内容は安全性に限らない
PP(Prerequisite Program=前提条件プログラム)はHACCPを運用するための“土台”になるプログラムである。つまり、HACCPを円滑に導入・運用できるように種々の条件を整備するプログラムで「HACCPシステムの基礎となる作業上の条件を取扱う、適正製造基準(GMP)を含んだ手順である」と定義される。PPがカバーする範囲はHACCPよりも相当に広く、必ずしも安全性に限ったプログラムだけではない。品質あるいは生産効率に関するプログラムが含まれるかもしれない。ただし、PPの多くの項目はすでに工場で管理されているはずである。
工場内で起こり得るすべての危害要因をHACCPで扱おうとすると管理が膨大になってしまう。そのためPPができていない施設がいきなりHACCPに取組もうとしても安全な食品は生産できないだろう。米国では水産物と食肉・食鳥肉でHACCPが義務化されているが、その規制においてもPPの考え方は取り入れられている。
○米国におけるPPの分類
NACMCF(全米食品微生物基準諮問委員会)のHACCPガイドラインでは、1997年からPPの考え方が取り入れられた。PPを構成する活動は多岐にわたる。施設によっても異なる。NACMCFでは、PPを以下の10項目に分類している。
1.施設2.サプライヤーのコントロール3.原料のスペック4.設備・装置5.清浄化と衛生化(クリーニングとサニテーション)6.化学品のコントロール7.トレーサビリティ(遡及可能性)とリコール8.ペスト(有害小動物)コントロール9.従業員の衛生状態の管理10.トレーニング
それぞれについて簡単なコメントをしておく。
【Question】トレーサビリティに適切なロットの定め方について。
【Answer】例えば一日単位でロットを付けるなど、最初は自分の会社にとってやりやすい方法でロット区分すればいい。しかし、それではリコールを行う際に大変かもしれない。ロット区分が細かいほど的確なリコールができる。企業によっては2時間ごとに異なるコードを付けたり、進歩した企業では毎秒違うコードを付しているところもある。そうすれば非常に細かい精度でのトレーサビリティが実現するし、リコールの量も少なくて済む。そのための技術は既にあるはずなので、後はそれを実行する意志があるかどうかである。
【Question】従業員教育の管理の仕方について。
【Answer】企業の規模や所有する工場数によっても異なるが、教育訓練の専門部署を設置して訓練の内容やスケジュールを決め、記録を取り、どの程度の教育効果があったかの検証までを行っている企業もある。あるいは、専門家を雇って教育訓練をマネジメントしている企業もある。班長(スーパーバイザー)が教育担当者を努める場合には、班長の理解度も検証しなければならない。
米国では毎日ではないが週1回くらいの頻度で朝礼がある。朝礼の場で、短い教育を頻繁に行うことは教育訓練において有効である。しかしながら、最も重要なことは、なぜその教育内容が重要なのかという理由を理解させることである。
○PP評価の例
PPの評価の仕方の一例を以下に示す。PPも検証をしなければならない。
○原材料のスペック
原材料のスペック(仕様)を明確にしておかないと、良い原材料と悪い原材料の区別がつかない。あらかじめ受け入れる原材料を承認するためのメカニズムを定めておく必要がある。ただし、スペック(原料成分、化学品の使用、包材等)は実現可能であり、かつ本当に必要な内容や基準を設定する。例えば、畜産農場が飼料供給業者に対してサルモネラフリーの飼料を要求するのであれば、要求する前に本当にそれが必要な要件であるかどうかを検討すべきである。その結果、もしサルモネラフリーの飼料でなければならないと判断したのであれば、そのことを供給業者と農場の両者が合意した上で、実現可能なスペックを設定する。
○サプライヤーの承認
サプライヤー(原材料供給業者)と実現可能なスペックで合意を得たら、サプライヤーから保証書や分析証明書を提出してもらえるかどうか確認する。保証書が提出される場合であっても、それをそのまま鵜呑みにするのではなく、サプライヤーへの立ち入り検査による確認を行う。
○自社工場内のPPの評価について(例)
・工場内が交差汚染の起きないレイアウトであるか。クリーニングに適したレイアウトであるか。
・工場の装置の規格は適正か。
・安全な製品を製造するための装置の使用方法を従業員が理解しているか。
・サンプリングのスケジュール、サイズや方法等が文書化されているか。
・従業員がGMP(=適正製造基準、詳細は後述)を遵守しているか。そのために必要な訓練(例:服装やヘアネットの着用を決められた通りに行うための訓練等)が行われているか。
・製品のコードや表示は、その製品を識別(identify)できるものになっているか。
・表示(例:調理法やアレルゲン等)において、必要な内容が適切になされているか(例えば調理済み真空包装食品であれば、消費期限の表示等も重要になるだろう)。
GMPについて
○GMP(適正製造基準)とは
米国ではFDA(食品医薬品局)がGMPを法的に規制している。これはcGMP(現行適正製造基準)と呼ばれており、PPの大部分に相当する(PPにはcGMP以外にも顧客からの苦情の管理、原料から最終製品までのトレーサビリティ・プログラム、サプライヤー認証プログラム等も含まれる)。
GMP(Good Manufacturing Practice=適正製造基準)を整備する主目的は「製品が汚染されないようにすること」に集約される。この場合の「汚染」というのは安全性のみに限ったものではない(例えば米国のcGMPの中には、FDAでは安全性には必ずしも直結しないであろう昆虫の死骸等に関する基準「Defect Action Level(欠陥取締り基準)」等も存在する)。
GMPが示す内容は非常に大雑把で、また「具体的にどのように実現するか」という手順までは示されていない。FDAのcGMPの項目も多岐にわたり、FPI(全米食品加工協会の教育機関)では下記の8項目に分類している。下記以外の分類方法も様々に存在する。
1.工場とその周辺2.衛生施設・手洗い設備3.工場内の設備(装置)・器具4.原料の管理5.保管と流通 6.生産のコントロール7.従業員トレーニング8.欠陥取締り基準(Defect Action Level)
これらについて簡単にコメントしておく。
※なお、FDAの法規制のインデックスでは、1.従業員(疾病の管理、清潔さ、教育訓練、監督者の責任)、2.工場と敷地(敷地、工場の建築とデザイン)、3.衛生作業(一般 的な保全、清浄化、衛生化に用いる物質、有毒物質の保管、ペストコントロール、食品接触面 の衛生化、清浄化した設備・器具の保管)、4.衛生施設と管理(水の供給、下水の処理、トイレット、手洗い設備、ゴミ屑の廃棄)、5.設備と器具、6.プロセスとコントロール(原料および成分、製造作業)、7.倉庫保管と流通 、8.欠陥取締り基準、の8項目に分類されている。上記はその8項目をFPIが分類し直したものである。
○カナダではPP=GMP
ちなみにPPは1999年にカナダの農業食糧省が開発したコンセプト※である。カナダではPP=GMPとして位置付けられている。
※カナダの食品安全推進プログラム(通称「FSEP」)では下記の6つの概要が前提条件プログラムとして示されている(出典:食品安全推進プログラム、Vol.3、1995)。
SOPとSSOPについて
○SOPとは
PPを適切に管理していくには文書化した作業標準手順(SOP=Standard Operating Procedures)の整備が必要である。手順を定めておかないと従業員が勝手な判断で作業をしてしまう。また、文書化したSOPを従業員に遵守させる方法は、従業員訓練を徹底するしかない。
○GMPは「目標」、SOPは「手順」
GMPは一定した品質の製品を生産するためのガイドラインである。つまり、GMPとは管理の目的や目標を示したもので、それを実現するための方法は各工場に任されている。SOPは各作業で何をどのように行うかを具体的に示した手順である。つまりSOPとGMPとは別物である。
例えば「設備を衛生的にしなさい」等と目標を示すのがGMPであり、そのための具体的な方法を示したものがSOPである。SOPでは、目的、方法、記録の付け方、検証方法、担当者等を細かく決めておかなければならない。
PP管理のためのポイント
証とプログラムの適切さの検証
○SSOPとは
SSOP(Sanitation Standard Operation Procedure=衛生適正作業手順)とはどのようにクリーニングやサニテーションするかの手順である。
USDA(米国農務省)は食鳥・食鳥肉のHACCPを義務化する1年前にSSOPの文書化を義務化している。製品の直接汚染を防止するクリーニングの1.方法、2.担当者、3.頻度の3つを決めなければSSOPとして認められない。
米国の食肉・食鳥肉のサニテーションに関する基準
食肉・食鳥肉を含む製品を生産する工場はUSDAの管轄下にある(水産物HACCP規制はFDAの管轄)。USDAは1999年、GMPに類するものとして「サニテーションに関する成績基準(Sanitation Performance Standard)」を設けた(例を表1、2に示す)。そこで定められた成績基準を達成できるのであれば、その方法は各企業に任されている。
ちなみに、米国では食肉・食鳥肉工場約6,500工場に対して約8,000名の検査員がいる。と畜場には必ず検査員が常駐して、と体の病気の検査やふん便汚染の検査を行っている。加工工場では1日に1回の巡回だったり10日に1回の巡回だったりするが、いずれにしても検査員の数は十分と言える。成績基準が規制される以前は、検査員は清掃の方法や頻度等について細かく指導していたが、成績基準が規制されて以後は(方法ではなく)結果を重視する検査に変わりつつあるようだ。
○FDAがモニタリングを要求するSSOPの8項目
FDAの水産物HACCP規制では、SSOPの文書化は義務(shall)とはしておらず、推奨(should)としている。しかしながら、2001年1月に発表されたジュースのHACCP規制では、SSOPの文書化が義務化されている。SSOPを文書化しなければならないのは、水産物HACCP規制でモニタリングを義務化している下記の8分野と同じである。
PPとHACCPについて
○HACCPとPPの違い
HACCPとPPで同じような内容を管理することもあるので、その違いを対照させておく。
〈HACCP〉1.食品の安全性のみ取扱う、2.個々の製品、個々のラインで異なるHACCP計画が組み立てられる、3.CL(critical limit=許容限界)を逸脱した場合は、(安全性に直接影響するので)必ず是正措置(corrective action)をとる
〈PP〉1.直接は安全性に結びつかない要件(品質や衛生状態等)も取扱う、2.特定の製品、特定のラインを扱うのではなく、工場全体を対象とする、3.逸脱が起きても、必ずしも食品の安全性に影響するわけではないので修正(correction)で済ませることができる
例:ペストコントロール(PPで管理)において、1回マウストラップの確認を忘れたとしても安全性に直接的な影響はないかもしれない。しかし、加熱工程(HACCPで管理)のモニタリングで加熱温度の逸脱が起きれば、それは安全性に直接影響する。そのため是正措置を取らなければならない。
〇PP管理は危害の起こりやすさに関係する
HACCPで扱う項目とPPで扱う項目を、両方とも同じように管理しようとすると、記録や書類が膨大になり、とても管理しきれなくなる。どの危害要因をHACCPで扱うかの見極めが非常に重要である。PPがどの程度管理されているかは、最終的には危害の起こりやすさに関連してくる。PPの重要性については、HACCPの原則1「危害要因分析」を行ってみるとよく分かる。
米国で魚介類のHACCP規制がなかなか進まなかった原因の1つには、HACCPにばかり気を取られて、PP__特にサニテーションの部分_がきちんとできていなかったことが挙げられる。PPで扱う項目は多岐にわたるが、製造現場では最初はサニテーションに関すること__その中でも「どうしてもやらなければならない項目」をピックアップして、その作業について必ず記録を付けるようにすることから始めればよいだろう。
○PPはHACCPとは別々に管理する
PPはHACCPプログラムとは別々に管理するのが一般的である。それぞれ別の部署で管理している企業もある。そうしなければプログラムが複雑になり過ぎて管理しきれなくなるためである。PP項目のすべてを現場(生産部)で管理するのは非常に困難である。そこでPPの管理については、項目に応じて管理しやすい部署が管理すればよい。緊急度に応じてPPをレベル付けし、低レベルと判断された項目については生産部以外の所管とするやり方もある。ただし、食品接触面のサニテーション等は生産現場の担当者が行うべきだろうし、HACCPのモニタリング等は必ず現場のオペレーターが行わなければならない。
<HACCPについて>
NACMCF(食品微生物基準全米諮問委員会)、CODEXのいずれのガイドラインにおいても、HACCPの原則1「ハザードアナリシス(危害要因分析)」を始める前にやらなければならない準備段階を示している。それは以下の5つである。
1.HACCPチームの編成:規模が小さい企業などではHACCPチームを作るのも難しいところも考えられる。その場合は、「どのような分野の専門家をHACCPチームに入れるか」ではなく「どのような専門知識がHACCPチームに必要か」を考えればよい。
2.当該の食品と流通手段の記述:食品がどのような原料、プロセス、流通形態をとるのかを明確にしないと、危害要因分析はできない。
3.意図される使用方法と消費者の記述:意図する消費者も重要な問題である。ことにリステリアは免疫状態が弱い人たちには危険である。また、食する前に加熱するのか、製品に何らかの指示が必要なのか等についても、あらかじめ決めておく。
4.フローダイヤグラム:すべての原料と工程を簡単なフローダイヤグラムにする(図1)。
5.現場の検証:フローダイヤグラムが本当に正しいのかどうかは現場で確認しなければならない。フローダイヤグラムの作成時に見落としたことが、現場検証で見つかるかもしれない。
以下に、HACCPの準備段階で考慮すべき事項をいくつか挙げる。
◎社内の誰がHACCPの責任を負うか
HACCPの責任の所在を明確化しなければならない。QA(品質保証部)あるいはQC(品質管理部)が責任部署となる場合が多いが、米国では新たに食品安全部を設ける傾向にある。
◎経営者の適切なサポート
HACCPを導入するにあたっては、会社として食品安全の大事さ、HACCPを始める決意の声明を出す。また、設備的・人的サポートのリソースを確保しなければならない。HACCPコーディネーターを指名するのも経営者の仕事のひとつである。コーディネーターには十分な準備期間を与えなければならない。
◎HACCPコーディネーターについて
HACCPコーディネーターに必要な素養としては、技術的・科学的なバックボーン、組織のマネジメント能力、辛抱強い性格、人間関係の調整能力、生産について精通している(現場をよく知っている)ことなどが挙げられる。
コーディネーターの仕事には、生産ラインのキーになる従業員の教育(そうしたキー・オペレータを発掘することもコーディネーターの仕事として含まれる)、SOP(標準作業手順)を作るためのチェックリストの作成、HACCPの見直し、検証や是正措置の確認、内部監査の中心として機能すること、問題発生時には原因究明に努めること、PP(前提条件プログラム)の遵守の確認、HACCPチームを組織・運営することなどが挙げられる。しかしながら、それだけの能力を有する人材は、社内でも有数の者であると思われる。その人材を見つけ出すことが大切である。
◎HACCPチームの編成
コーディネーターはHACCPチームを編成する。HACCPチームを構成する際の要件としては「チーム構成員はコーディネーターがアポイントし、経営者が承認する」「チーム構成員として、経営の代表者が参画することも効果的である」「現場の人間は必ず参画させる」ことなどが挙げられる。その他、科学部門、QC部門、保全部門、エンジニア部門等もHACCPチームを加える。必要に応じて外部に人材を求めることも効果的である(ただし、コンサルタントを招き入れる場合、その選定は慎重に行わなければならない)。
◎HACCPを支援するためのプログラム(例)
○原材料コントロールプログラム…原材料の受入(傷みやすい原材料は特に注意を要する)、保管、試験、リリース等に関するプログラム。
○機械、測定装置の補正(calibration)のマスタープログラム…プログラムには補正の方法やスケージュール等も含まれる。
○個人衛生、サニテーションのプログラム。
○記録の保管、コントロールとレビュー(見直し)…記録類の破棄のプログラムを備えることも重要である。
○従業員教育のプログラム…誰が、いつ、何を、どのように教育するか、また記録類の取扱いをどうするか予め決めておく。従業員個人にはトレーニング履歴を付けておく。
○原材料供給業者のコントロールプログラム…原材料の供給業者を、選定した取引先を限定するのが米国の最近の潮流である。選定基準や承認した供給業者へのオーディット(監査)プログラム等も含まれる。
HACCP計画の作成にあたって
○はじめに「HACCP計画を作るためのプラン」を立案する。そのプランに沿って、特別の能力を有した集団(「バリデーション(HACCPシステムの妥当性確認)ができる集団」「ラベリングに詳しい集団」など)を構成する。能力を専門化することで、個々の従業員のオーバーワークを避けることができる。従業員にオーバーワークを感じさせると、「もうHACCPをやりたくない」という雰囲気が出てくる可能性もある。
○工場内は様々なラインで構成される。はじめは、そのうちの1種類の製品についてのみのHACCPプランを作り上げる。1つのプランを完成させることは、他製品のHACCPプランを構築する上で貴重な参考となる。
○ジェネリックモデルは真似しない。HACCPプランは製品ごとに異なる。同一ラインで複数の製品を作る場合であっても、個々の製品についてのHACCPプランを構築する。
◎HACCP実施の前に実施すべきこと
○従業員(とりわけモニタリング担当者のようなキー・オペレータ)のトレーニング。なお、教育訓練では、訓練後にその評価を行うことが重要である。
○試験期間を設けて、HACCPプランの試運転を行う。HACCPプランができたら、いきなり始めるのではなく、まずは試運転をする。試運転により問題点を浮上させ、HACCPプランを見直す。
◎HACCPを管理する際のポイント
○責任の分担を明確にする。「誰が記録を取り、その記録を誰が検証するのか?」「SOPは誰が作るのか?」「そのSOPが遵守されるように、適切な訓練を誰が行うのか?」など、HACCPを運用する際に発生する責任の所在を明確にしておく。
○命令・報告の系統を明確化する。「誰に是正措置を実行する決定権があるのか?」など命令系統を明確にしておく。
○新製品を開発するのであれば、その製品についてははじめからHACCPプランを構築できるような製品にしておくと良い。
HACCPの7原則
原則1 危害要因分析(ハザードアナリシス)
◎危害要因分析の前に理解しておくべき事項
NACMCFはハザード(以下「危害要因」)を「コントロールされなかった場合には、論理的に考えて起こりやすい(reasonably likely to cause)疾病やけがの原因となるであろう生物的、化学的、物理的な要因」(1997)と定義している。また、FSIS(米国農務省食品安全検査局)は「その食品を消費することで、健康に安全でない状態を起こすかもしれない(may cause)生物的、物理的、化学的要因」と定義している。そして、そのような「病気やけがの原因となる要因」を見つけ出すことが、原則1「危害要因分析」である。
危害要因には、生物的危害、化学的危害、物理的危害の3種類があり、これらに分類されない場合はハザードではないと考えられる。生物的危害には微生物(病原菌)、寄生虫、ウイルス等がある。危害要因を検討するとほとんどが生物的危害になるだろう。米国の統計を見てみると、食中毒の65%は「不明」であるが、そのほとんどは寄生虫や原生虫、ウイルスであると考えられる。物理的危害は金属片やプラスティック、ガラスといったけがの原因になるもの。化学的危害は天然毒素(フグ毒、キノコ毒、貝毒など)、薬剤残さ、農薬残さ、洗剤等が挙げられ、また、現在米国で非常に問題視されている「アレルゲン」も化学的危害に含まれる。米国における回収事例の3分の1はアレルゲン関連(表示の不完全など)と言われている。
危害要因分析では、まず、すべての危害要因を挙げ連ねる。そして、どの危害要因が重要(significant)で、HACCP計画で取り扱わなければならないかを決める。
◎ハザードとリスク
ハザード(危害要因)とリスク(危害)の違いは、ダイナマイト(ハザード)と爆発(リスク)の関係に例えると分かりやすいだろう。ダイナマイト自体は安定でそれ自体リスクではない物だが、点火することによってリスクとなる。ハザードがリスクとなるには様々な条件がある。
つまり、「リスク」を定義すると、「食品の中にあるハザードにさらされることで起こりうる有害な結果(病気やけが)の起こりやすさ(likelihood)」となる。
例えば、缶詰に汚染するボツリヌス菌は重大な危害要因となる。しかし、食品中へ食鳥肉の羽根が混入することは、品質面の範疇には含まれるだろうが人の健康に対して重大な危害要因とはならないだろう。重大なリスクを呈する危害要因をHACCPで取り扱う。重大なリスクを呈しない危害要因であれば放っておいてもいいというわけではない。CCPとして扱うのであれば、CLを決め、モニタリングし、逸脱時に是正措置を決めることになる。そこまでの必要がないのであれば、それらはPPで扱えばいい。
◎危害要因分析の2つの手順
危害要因分析は次の2つの段階で行う。
第1ステージ:危害要因の同定。食品、工程、消費者を考慮して、どのような危害要因が潜在的に考えられるか検討する。
第2ステージ:危害要因の評価。起きたときの結果の起こりやすさと厳しさを検討する。この第2ステージは、さらに3つのステップ(下記(a)_(c))から成る。
ここでは、NACMCFの「HACCP原則と適用のガイドライン(1997)」の付録D(表1)を例にとって説明する。
例えば卵を含む焼き物を製造する場合、サルモネラが危害要因となり得る。サルモネラが危害要因として同定されたら、続いて(a)_(c)に回答しながら、その評価を行う。
(a)コントロールされなかった場合の健康に対する結果の厳しさは?→サルモネラが最終製品に残っていればサルモネラ感染症が中程度の厳しさで起こるかもしれない。
(b)ハザードがどの程度起きやすいか?→米国の場合、サルモネラ・エンテリティディスが卵内に汚染している確率は卵1_2万個に1個の割合と言われている。サルモネラのコントロールがされなかった場合、ある程度の消費者の元に、汚染された最終製品が届く可能性があり得る。HACCPチームはサルモネラ問題が発生する「起こりやすさ」を評価する。
(c)ハザードはHACCP計画で取り扱う必要があるのか?→サルモネラ問題が起きたときの起こりやすさと、その厳しさから考えて、重大なハザードであればHACCPで扱うことになる。食品安全の責任を十分に理解している製造者であれば、「サルモネラがコントロールされなければ重大なリスクが発生し得る」と考えるかもしれない。
表2は、結果の重大さ(厳しさ)と起こりやすさを考える目安であるが、HACCP計画で扱うか否かの線引きを図中のどこにするかは、ケース・バイ・ケースで様々である。
危害要因分析で列挙された危害要因をHACCPで扱うか、それともPPで扱うかは、以上の2つのステージ(第2ステージでは重大さ(厳しさ)と起こりやすさを考慮した3つのステップで行う)で考えていくと、客観的に決定することができる。この考え方が非常に重要である。
【Question】ハザードとリスクを区別する理由。
【Answer】ハザード(危害要因)とは、リスク(危害)をもたらす可能性がある要因、リスクは引き起こされたら重大な結果をもたらすことになる要因のことである。しかし、リスクが起きやすくても、起きた場合に重大な結果をもたらさない危害要因であれば、それは必ずしもHACCPで扱うとは限らない。例えば、同じ危害要因であっても、一般消費者向けの製品であるか、乳幼児向けの製品であるかによって、考えられるリスクの大きさは違ってくる。危害要因を挙げるだけではなく、そのハザードがもたらすリスクがどのようなものかを見極めることで、初めて「その危害要因をコントロールしなければならないかどうか」の判断も可能になる。
原則2 CCP(必須管理点)の決定
生物的、化学的、物理的なハザードをコントロールできるポイントはすべて「コントロール・ポイント(CP)」である。CPは必ずしも安全性に限ったものだけではない。NACMCFではCCPを「コントロールできる段階で、食品の安全性のハザードについて予防(prevent)、排除(eliminate)、あるいは許容できるレベルまで減少(reduce)するために必須(essential)である段階」と定義している。つまり、ハザードを完全に排除できなくてもCCPにすることができる。
HACCPは製品ごと、ラインごとに特徴的である。そのため、「この製品にはCCPが何個」とは一概には言えない。ただ、CCPを決定したら、許容限界(CL)を決め、モニタリングし、逸脱すれば是正措置を行う、検証や記録も行わなければならない。CCPが多数存在すれば管理しきれなくなるのは自明の理である。
USDA(米国農務省)の食肉・食鳥肉のHACCP規制「病原菌減少;HACCPシステム」(1996年公表、1998年施行)が公布された当初は、「規制に反すれば出荷停止になる」という懸念から何でもかんでもCCPにしてしまい、結果として30ものCCPを決めた施設もあった。しかし、それらをよく見てみると、実際には安全性に関係ないこと(品質面など)もCCPで扱っている施設が多かった。逆にCCPがゼロという施設もあったが、USDAでは「すべての食肉・食鳥肉工場には、危害要因が必ずあるはずだから、CCPは必ず1つ以上はある」と述べている。CCPは(1)工場内で起こり得る危害要因、(2)原料として入り得る危害要因、の2種類に対して設計される。
◎CCP決定のデシジョンツリー
CCPをデシジョンツリー(決定系統樹:一例を図2に示した)で決める方法がある。NACMCFのガイドラインでは2種類のデシジョンツリーが記載されているが、どちらを使ってもよい。ただし、デシジョンツリーは必ずしも使用する必要はない。常識で考えてCCPを決定することが、十分適当である場合も多い。デシジョンツリーは、「どちらの工程をCCPにした方がいいのか」と判断に迷ったときに使うと有効である。ただし、デシジョンツリーの使用時には、以下のことを留意しておく必要がある。
○デシジョンツリーは危害要因分析が終わってから使用すること。
○後の工程で、より効果的にハザードをコントロールできる工程があれば、後ろの方の工程をCCPにする。
○危害要因をコントロールするポイントは1つではなく、複合的な条件でコントロールすることがあるかもしれない。例えば、加熱工程では、オーブンの温度だけではなく、製品のサイズやオーブンの初期温度、コンベアの速度等も同時に管理する必要があるかもしれない。逆に、1つの工程で、2つ以上のハザードをコントロールできることもあるかもしれない。例えば、貝を獲る水域を指定すれば、水域由来の化学的危害と貝毒の両方を管理できるかもしれない。
▽HACCPプラン作成の演習
「原則1・危害要因分析」「原則2・CCPの決定」のための書式を表3に示した。
〈書式の適切な使い方※〉
6欄型式のワークシートは、1.欄:原材料の受入から製品の出荷迄の全ての工程を記載する→2.欄:各工程で入り込むか、増大するか、コントロールする全ての危害要因をリストアップする→3.欄:2.欄でリストアップした危害要因はHACCP計画で取り扱う必要があると思うかを否かをイエス/ノーで決定する→4.欄:3.欄でイエス/ノーを決定した理由を記す→5.欄:3.欄でイエスとした危害要因をコントロールする手段を記す→6.欄:3.欄でイエスとした工程のうちCCP(必須管理点)とすべき工程を決定する、というもので、危害要因分析を行ってCCPを決定するやり方が、わかりやすく漏れなくできるようになっている。
原材料の危害要因分析で言えば、例えば冷凍牛肉であれば、冷凍されているから細菌は増殖しなくても、O157の汚染があるとかもしれないということから、それを必ず危害要因分析をして、いずれかの工程をCCPと決定しコントロールしなければならない。そういうことがこの6欄のワークシートを使うとスムーズにできる。。
原則3 クリティカル・リミット(許容限界:CL)の決定
NACMCFでは許容限界(Critical Limit:CL)を「食品の安全性に関するハザードが起きるレベルを、受容できる(acceptably)まで減らすか、排除するために必要な、CCPのコントロールにおける最高値あるいは最小値」(1997年)、CO DEX委員会では「受容できるものと、受容できないものとを分ける基準」(1997年)と定義されている。CCPが許容限界を逸脱すればコントロールできていないことになる。
しかし、妥当な許容限界の数値を求めることは非常に難しい。許容限界を決定する際には専門家に相談したり、専門機関による実験が必要になるかもしれない。中には政府が数値を決めている場合もあるが、これは「規制限界」と呼ばれ、当然守らなければならない(規制限界は必ずしも食品安全性を考慮したものだけではない)。NFPA(全米食品加工協会)のような試験室を有する団体がリサーチを行い、参考になるデータ群を発表することもある。そして「許容限界を決めた根拠(文献、専門家の意見、実験データ)」はHACCP記録として保存しなければならない(HACCPでは常に科学的に妥当であるという根拠が求められる)。
ここで重要なことは許容限界(Critical Limit:CL)と管理基準(Operating Limit:OL)の違いを認識することである。許容限界は「安全な製品」と「そうでない製品」を分ける境目である。一方、管理基準はCCPが許容限界を越えないように、許容限界よりも若干厳しく、安全性に余裕のあるところで設定するのが普通である。例えば、「加熱時間は60分以上」と許容限界を設定した(60分未満では微生物が残存する可能性がある)場合、管理基準を65分とすれば余裕を持った管理ができる。
管理基準は逸脱が起きないようにする目的で設定される場合もあるが、品質面(パティに焦げ目を付けたい、テクスチャーを重視したい等)や、賞味期限を長くしたい、といった要因を考慮して決定される場合もある。
それぞれのCCPに対して最低1つの許容限界が存在する。許容限界を越えてしまった場合には「是正措置(Corrective Action)」が必要になる。
【Question】米国では、許容限界の決定に利用できる共通のデータベースはあるのか。
【Answer】魚介類についてはFDA(米国食品医薬品局)が「ハザード&コントロール・ガイド」を刊行している。USDAでは、サルモネラを減少させるのに必要な温度と時間を記した表を示している。ただし、「その値が本当に妥当か?」と言えば、例えば脂肪が多い製品であれば、USDAが示した値よりも強い加熱条件が必要かもしれない。必ずしもデータベース通りにはいかないことも了解しておく必要がある。
原則4 モニタリング方法の確立する
モニタリングはCCPが許容限界(CL)の範囲で管理されているかどうか確認するために行う。「HACCPでモニタリングをするためには、連続モニタリングが可能な機器を購入しなければならない」と考える人がいるかもしれないが、モニタリングには、1.観察(分析証明のチェック、色の確認等)、2.測定(温度、時間の測定等)、3.連続モニタリング(自記温度計による記録等)、4.非連続モニタリング(1時間に1回温度を確認する等)など、さまざまな方法がある。特に4.ではモニタリングの頻度が非常に重要である。
◎モニタリングの頻度
モニタリングについては1.誰が、2.何を、3.どれくらいの頻度で、4.どのように行うか、の4つがポイントになる。モニタリングの頻度は、測定対象がどのくらい変化しやすいか(変動性)によって決める。変動しやすい測定対象(例:温度が変化しやすい)については、頻繁なモニタリングが必要になる。頻度は経時的なブレの大きさによって決める。ブレの大きさが一定時間で標準偏差σ(シグマ)であれば、管理基準(OL)と許容限界(CL)に3σの差があれば比較的安心と言われているが、測定値がコントロールを失いやすいのであれば3σ以上(例えば6σ)の差が必要かもしれない。ブレが小さい測定対象であれば1日2回くらいのモニタリングで十分かもしれない。測定値の傾向をきちんと把握しておく必要がある。許容限界を逸脱した場合は「原則5・是正措置(corrective action)」が必要になる。是正措置が必要になる前に、つまりモニタリングの測定値が許容限界に達する前に、作業を調整するのが理想的な管理である。
◎モニタリング担当者について
モニタリング担当者は「ただ温度を見ているだけ」「ただ時間を見ているだけ」では務まらない。HACCPでは現場担当者がモニタリングしたその場で対応することができる(必ずしも品質管理担当者などを呼ぶ必要はない)。そのため、現場のモニタリング担当者は「何をモニタリングするのか」「なぜモニタリングが必要なのか」を理解していなければならない。そのためには従業員へのトレーニングが不可欠である。
原則5 是正措置(corrective action)の確立
許容限界(CL)を逸脱した場合には是正措置が取られる。許容限界を逸脱した製品は、リワーク(再作業)するか、他の用途にまわすか、安全性を検査する方法があって安全性が確認された物であれば流通させる、といった措置を講ずる。
同じ逸脱のケースに対しては、同じ是正措置が取られなければならない。是正措置の実行には時間も費用も掛かる(表)。企業は費用対効果 等も考慮しながら、本当にその是正措置が必要かどうかを判断する必要がある。必要ありと判断された是正措置のみを設定する。
是正措置は、どのような逸脱が起きたかによっても異なるが、以下のような要件に留意する。
◎是正措置の責任者
是正措置の担当者には、逸脱が発生した際にラインを停止して、逸脱した製品がそれ以上増えないようにする権限が与えられる。あらかじめ誰が何を行うのか責任の所在を明らかにしておく。ラインを止めた後、逸脱した製品をどうするかについては、現場長や品質管理担当者らが関わるだろう。誰が関与するかは製品の価値にもよるが、価値が高い製品であればトップのマネジメントが機能することもあるだろう。
▽演習→原則4・5に関するHACCP計画作成の書式を表1に示した(表1割愛)。
原則6 検証
◎検証とは
検証についてNACMCF(全米食品微生物基準諮問委員会)では「モニタリング以外の活動で、HACCP計画が正しいものであること(HACCP計画にきちんと従っていれば安全な製品を作ることができるということ)、HACCPシステムがHACCP計画に沿って動かされていることを確認すること」としている。
検証には1.モニタリング記録の見直し、2.是正措置の見直し、3.機器の校正(calibration、「補正」とも訳される:機器の狂いやすさによって機器校正の頻度を決めておく)、4.分析(分析証明書を確認することがモニタリングである場合、証明書の確認が決められた通 りに行われていることを検証すると同時に、決められた頻度でサンプル検査をして、決められたスペックの原材料が納入されていることを確認する)等が含まれる。
◎検証の要素としてのバリデーション(妥当性確認)
バリデーション(妥当性確認:validation)も検証の要素の一つである。バリデーションとは、科学的・技術的情報を収集・評価して、HACCP計画が正しいかを確認することである。つまり、「HACCPが計画した通りに運用すれば、危害要因をきちんとコントロールできる」ということを科学的に証明する作業である。
つまり、「決められた通りにやっている」ことを確認するのが“検証”で、その中でも「決められたことに科学的な妥当性がある」と証明することを“バリデーション”と呼ぶ。例えば、モニタリングがHACCP計画で決められた通りに実施されていて、その結果もHACCP計画に従ったものであるかを確認する作業が“検証”で、許容限界(CL)などのHACCP計画が安全な製品が製造する上で妥当であると証明する作業が“バリデーション”である。
USDA(米国農務省)によるとバリデーションには1.HACCPプランを作成するために最初に行うバリデーション、2.再証明(revalidation、リバリデーション):例えば、調理に使用するオーブンを新しい機械に変更したのであれば、これまで通 りの温度と時間を引き続き適用できるのかどうか、改めて評価し直さなければならないだろう、3.最低1年に1回行う再評価(reassesment、リアセスメント):これは最低でも年1回は行うが、それ以外にも工程や原材料に変化があって、それにより危害要因が変わるような場合にも再評価を行わなければならない、の3つがある。
◎再評価(リアセスメント)について
運用しているHACCP計画が危害要因をコントロールできるかの再評価(reassesment)は、最低1年に1回は行う。ただし、それ以外にも、下記のような危害要因分析に影響を及ぼし得るときにも再評価を行わなければならない。
○原料、あるいは原料の入手先が変わったとき。
○原料の組成を変えたとき。
○と殺方法や加工方法が変わったとき。
○生産量が変わったとき。
○包装形態が変わったとき(例:通気性包装→真空包装)。
○最終製品の流通形態が変わったとき(例:常温流通→低温流通)。
○従業員が変わったとき(例:モニタリング担当者が変わった)。
○製品の使用法や対象とする消費者が変わったとき。
◎バリデーションの方法
バリデーションの方法には大きく「文献による調査」「実験による調査」がある。実験では病原菌の菌株が必要になる場合が多いので、工場内では実施できないことがある。その場合、検査機関に依頼することになるだろう。実験や文献で得られたデータは文書化して保管しておかなければならない。
〔参考〕米国の基準:生物的危害には明確な基準がある。米国の例で言えば、低酸性缶詰ではボツリヌス菌を1012(12D)減少させる。サルモネラについては、殺菌液卵では109(9D)、家禽肉では107(7D)、ローストビーフでは106.5(6.5D)、ビーフ・パティでは105(今後、5D以上の基準が要求される見通しもある)減少させ、またO157については発酵ソーセージでは5D減少させる。
これらの基準は成績基準(performance criteria)と呼ばれ、そのための温度と時間の組合せの例も規制官庁等から示されている。ただし、そこで示された以外の温度で加熱するのであれば、それぞれの条件での実験が必要になる。また、病原菌をコントロールする方法は熱や酸、圧力など様々で、病原菌の種類によっても耐酸性などは大きく異なる(例えば、サルモネラは比較的容易に酸でコントロールできるが、O157は耐酸性が強い)。本当に目的とする危害要因がHACCP計画でコントロールできるのかを証明しなければならない。
◎許容限界のバリデーションについて
許容限界(CL)が正しいかどうかのバリデーションを行わなければならない。そのためには1.許容限界を決めた根拠を備えること(例:サルモネラの耐熱性データなど)、2.許容限界が測定可能であること(許容限界は常に守れるものでなければならない。頻繁に是正措置を行うような許容限界にしてはいけない)、3.許容限界として選択された温度や時間などの測定対象が科学的に正当性のあるものかどうか、を示す。
3.を例を挙げて説明する。ミンチ肉の加熱工程をCCPとして、その許容限界を「加熱温度70℃」とした場合、その値が妥当であるか証明しなければならない。方法としては、パティに温度計を刺して実測値を測る方法があるだろう。ただし、温度はオーブンのベルトの位 置によって変わるかもしれない。パティの大きさが同じでも、厚さが違えば中心温度は変わるかもしれない。そうした違いも考慮して、許容限界を設定する必要がある。品温ではなく、その周辺の温度や周辺のパラメータから品温を推測したりコントロールしたりする場合、パティのサイズや初期温度、脂肪量 、あるいはオーブンの温度、加熱時間等の要因により、製品への温度の伝わり方にどのような影響があるかを検討したバリデーションのための実験や研究が必要になる
原則7 記録
◎記録の重要性
効果的な記録の付け方や文書化の方法を確立する。記録を付けるのが苦手な人や記録が残ることを恐れる人が多いかもしれない。また、HACCPを始めるまで記録を付けていなかったという会社も少なくない。記録付けは定着させるのがなかなか難しい作業である。
記録は「HACCPを遵守している」ということを示す証拠になる。記録を付けることで、製品の履歴(原料がどこから来て、どのような工程を経て、製品がどこに流通したか)を明らかにする。また記録により、例えば「この製品は温度が上がりやすい」といったような製品の傾向が分かるので、起こりうる問題点を早期に察知することができる。
〔参考〕記録を付けないことにより生じたトラブルの例:1970代、アラスカのある鮭缶業者では、機械のトラブルが起きるごとに修理をしていた。しかし、その修理記録を付けていなかったので、どのロットの製造時にトラブルがあったのかまったく分からなかった。そのため、トラブルが起きたとき、1シーズン分すべての製品を回収する結果になった。毎日の記録があれば、トラブルがあった日の製品のみを回収するだけでよかっただろう。
◎どういった記録を付ければよいのか(例)
◎記録付けの要件
記録付けにおいて重要な要件として1.記録は観察したその場で付け、決して後回しにしない、2.記録を付けた日付と時間を明らかにする、3.もし逸脱があったなら、それがいつ起きたものかはっきりさせておく(逸脱のあった製品となかった製品の分別 ができなくなる)、4.記録には署名(イニシャルあるいはサイン)を入れること、等が挙げられる。また、誤って記入された記録は消去してはならない。間違った部分に線を引き、イニシャルを入れて正しい記録を書き直すようにする。
記録を記入する書式は、作業担当者が簡単に記入できるものでなくては困る。製品名やライン名はあらかじめプリントアウトしておいた書式を用意し、記録担当者が温度や時間、署名を入れるだけでいいようにしておく必要がある。ことにフードサービス現場などは非常に忙しいので、記入が容易な書式にしておいた方がよい。
虚偽の記録がないように従業員を教育する
例えば「2時間おきに記録する」工程で、2時間きっかりの間隔で記録がされていたとする。あるいは油や水が飛び散りやすいフロアで、あまりに記録用紙がきれいだったとする。そうした記録は、実は後からまとめて記入された、正しくない記録である可能性がある。そうした場合は、記録を付ける規定の時間に立ち入り検査してみると、規定の時間に記録担当者が現場にいなかったりして、記録が虚偽であったと明らかにできることがある。
虚偽の記録が是正措置に関わっていた場合や、記録を付けた時間が曖昧であったとすると、是正措置の対象となるロットが特定できなくなる。従業員をきちんと訓練して「実際の測定時間を記録することが重要である」ことを理解させなければならない。
◎記録の保管の方法
記録保管の方法には、月日別に分ける場合もあれば、CCP別に分ける場合もある。各現場が便利と考える方法でやればよい。
ただしHACCP記録とPP記録は分けて保管する(PP=前提条件プログラム。PPについては次号で掲載する予定)。HACCP記録のみを別に分けておけば、監査員や政府の検査官(インスペクター)がHACCP記録に集中したレビューができる。政府の検査官が見ることのできる記録は限られている。しかし、HACCP記録と品質の記録が一緒になっていると、企業が秘密にしてもよい記録を検査官に見られてしまう恐れがある。例えば、CCP記録などの安全性に関する記録や、そのレビューの記録は検査官に見せなければならないが、クレームそのものに関する記録は検査官にも見る権利はない。検査官が見る権限のある記録だけを分けておけばよい(クレーム記録を見せるかどうかは米国でも議論された項目であるが、クレームの中には消費者の誤解によるものが割と多いので、クレーム記録は検査官は見ることができないことになっている)。
記録用紙が汚れたり、破れたりするので、コピーで保管することがあるかもしれない。オリジナルをきちんと保存しているのであれば、コピーをファイルしておいても構わない。その時にはコピーにオリジナルの保管場所を記入しておく。オリジナルを紛失した場合、例えばCCP記録を紛失したのであれば、それは逸脱が起きたのと同じように扱うことになる。ただし、逸脱が起きていないことを証明できるような記録__例えば、モニタリングの実施記録がなくてもレビュー記録で証明できるかもしれない__があれば問題はない。記録には、担当者による記録を付けたという署名と、レビューした人によるレビューをしたという署名の2種類が必要である。
○電子データの改ざん防止について
コンピュータやバーコードでロット管理ができる企業が増えているが、コンピュータだけで全記録を取れるような会社はまだほとんどないだろう。コンピュータに記録を付ける場合、改ざん防止の措置が必要になる。
改ざん防止については、FDA(米国食品医薬品局)の水産物HACCP規則では「電子的データの完全性(改ざん防止等)と署名を確保する手段が取られるならば、コンピュータに保管される記録を使うことができる(§417.5〓)」とある。また法規制として明言されてはいないが、データのバックアップを取っておくことも重要だろう。
◎記録の見直し
記録のレビュー(見直し)は検証の一部である。毎日付けられるモニタリングの記録や是正措置の記録、機器校正の記録等の見直し等が見直される。
FDAの水産物HACCP規制では週1回、また製品が製造されてから1週間以内の記録の見直しが要求されている。ただし1週間分をためて見直すよりは、できるだけ毎日見直した方がいいだろう。USDAの食肉・食鳥肉規制では製品の搬出前に記録の見直しを行うことを要求している。
記録を見直す重要性を、見直し担当者が理解していなければならない。記録を見直すことで、これまで気が付かなかった逸脱を発見するかもしれない。また、記録の見直しは、出荷製品に問題点がないかを発見する最後のチャンスである。逸脱が起きていないか、モニタリングが決められた頻度で行われているか、その他決められた通りの作業が行われたか、是正措置を行ったのであればそれは適切に行われたか等の見直しをする。
記録は見直しの際に、製品のコード、名称、どういった製品であるか、製造日等を見直し、その記録がどのラインで作られた何の製品であるかを明確にできるものでなければならない。
記録の見直しは班長、マネージャー、工場長といった指定された特定の担当者が行う。見直し後はイニシャルあるいはサインを入れる。こうした署名は当たり前のことのように思われるが、きちんと従業員を訓練しておかないと意外に忘れやすい。
◎記録の保管期間について
記録の保管期間については、規則がない場合であれば最低でも消費期限までは記録を保管する。ただし、消費期限が切れてから消費者の苦情が発生することも考慮して、消費期限より少し長いくらい保管するのが理想だろう。
FDAの水産物HACCP規制では、安定でない製品(冷蔵しなければならない製品)では1年間、冷蔵保存の製品や室温安定の製品では2年間、缶詰食品では3年間、記録を保存しなければならない。もし加工工場が製造季節の決まっているような長期間閉鎖される場合や、遠隔の工場や加工船等のように記録の保管に限りがある場合であれば、記録を他のアクセスが容易な場所に保管することも認められる。ただし、監督官庁の審査要求があったときには、記録は直ちに元の場所に戻されなければならない。
食肉・食鳥肉では、と殺作業および冷蔵製品は最低1年間、冷凍・保存・常温安定製品は最低2年間としている。記録の保存場所が工場内に無い場合、ある程度の期間が過ぎたら他の場所に移すことになるだろうが、それは検査官の要求があったときには見せられなければならない。検査官の要求があったときに24時間以内にその工場で閲覧できるのであれば、生産後6カ月後以降は工場以外の場所で保管することも許可されている。
▽演習→原則6・7のための書式を表2に示した。書式A(前月号に掲載)ならびに書式B・Cが出来上がったら、その内容を「HACCPマスタープラン」(表3)に記入する(表2,3割愛)。